窪下獅子舞保存会(くぼしも・ししまいほぞんかい)

タイトル

「唐獅子牡丹」は心のふるさと


はじめに

■時下 益々ご繁栄のほど、お喜び申し上げます。
さて、窪下(くぼしも)青年団では、地域の伝統ある獅子舞を維持・継承していくため、 予てから保存会としての存続させる準備を整えて参りましたが、 皆様方のご支援ご指導のお陰を持ちまして、 この度「窪下(くぼしも)獅子舞保存会」として発足の運びとなりました。

昼

■「窪下獅子舞保存会」は、伝統ある当地域の獅子舞を長く維持・継承していくため、 地域組織の強化、地域親交を発足目的とし、通年に渡り実施・運営を統括・管理し、 祭礼時の獅子舞活動の円滑な遂行に努力して行く所存でございます。 今後とも皆様方のご支援・ご指導を賜りたく、 何卒ご高承の上、よろしくご理解の程をお願い申し上げます。

窪下獅子舞保存会 会長

■アイコン 動画(←ここをクリック!)は動画(240×180)です。 必要なプラグインが有り、ブロードバンド接続(ビットレート109kbps)で無いと、上手く動作しないかも知れません。 撮影は窪下獅子舞保存会の依頼により、東海写真館が行ったものをウェブ配信用として縮小を行いました。


平成27年も、絶好の獅子舞日和り。

■春中ハンド(春の全国中学生ハンドボール選手権大会) が終った。(平成27年3月25日)
因みに、当地区の母校、 西條中学校 男子は初の全国優勝、女子も準優勝と共に栄誉となった。
それはともかく、今年も春の獅子舞練習が始まった。

■さて、祭礼日、当日は窪三ヶ村(窪・柳田・園)の外、西条地区では一斉の祭日である。(平成27年4月11日)

集合写真

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■出発準備を終えた獅子舞連中は、古江神社に参列し「獅子舞奉納奉告祭」の神事を受ける。(7時30分)
今回は「天狗の面」を新調したので、彫刻に当たった仏師・林原瑠p(りゅうこう…柳田在住)氏も加わった。
神聖な神事を終えた後は、神社や祭礼行事に貢献のあった陸田家に向かい、表敬演舞を行う。(8時0分)

■在所回りは5組の一部(新川の北側)を済ませ、「海青保育園」に向かう。 この保育園は以前の「氷見ひかり第一保育園」であり、経営は浄土真宗本願寺派・西光寺である。 古江神社とは隣地だったので、雨天の場合には、練習場として利用させて頂いた縁もある。 園長先生は獅子舞に対する理解が深く、当地の獅子舞連中は、この保育園の卒園生が多い。 恒例の保育園訪問は平成16年より続いている。(9時50分)
続いて「コマツ・キャステックス」訪問。ここは数十年前から続いており、かつての正門は窪下側であったが、 近年の正門は窪上(かみ)に変わった。 保育園とコマツのセレモニーを終えると、本格的な在所回りとなる。

■私は神社の宮総代なので、神社の仕事があり、また春季例大祭(16時〜)の準備も残っている。 なので、獅子舞巡行の全てには取材が出来なかったが、昼宿には行けた(12時40分)。

■例大祭を終え直会の後始末も済ませ、ようやく自由時間。 だが、園(その)の弟の招待が残っている。 今年は甥(おい…弟の長男)が青年団長を務めるというのだ。 なので、弟から妻や嫁に出ている娘も、青年団の「まかない」として呼ばれていたのだった。 そうなると、祝儀も準備せねば。
親戚縁者が集い宴たけなわ。その内、弟宅に甥が率いる園(その)の獅子舞連中がやってきた。(21時)

※一般的には、よく「勇壮な獅子舞」と表現されるが、園は「楽しい獅子舞」だった。
地区によっては「賑やかな獅子舞」や「跳ねる獅子舞」もあるだろう。
私達の窪下(しも)は「優雅な獅子舞」だと思っています。

今回は都合により窪下(しも)の取材が少なく、申し訳ありませんでした。

■翌日、恒例の反省会に誘われた。近所の居酒屋「まる甚」である。(18時)
宴たけなわ、保存会長が酔った勢いで、「獅子舞も春だけとなってしまったのは残念である。 秋季大祭の機会に、在所回りはともかく神社内だけでも舞わさないか?」と提案があった。
さて、どうなる事やら。(平成27年4月12日)


平成26年は、絶好の獅子舞日和り。

■毎年、この時期になると気になってしまう。 祭日は何時なのか、とか今年は獅子舞が出るのかどうか等とか。 で、地域の区長や関係者に問い合わせる。 正式には、回覧板などを通じて周知されるのだが。 それを待って、私は古江神社の祭礼案内ポスターを掲示するのだ。 そして、神社境内での獅子舞練習が始まる。

■さあ、祭りの当日だ。近年に無く天気晴朗。 宮入りの獅子舞に続き、恒例の「獅子舞奉納奉告祭」が厳粛に行われた。 そして、境内では奉納獅子舞が演じられる。 (平成26年4月12日・土曜日)

■そして、一連の村回りに移り、恒例の保育園訪問に向かう。 園長先生を始め、園児・保護者など多数から出迎えられた。 この海青保育園は、地理的には「窪上」の垣内なのだが、保育園の発祥は「窪下」なので 例年、快く受け入れてくれるのだった。 更に園長先生は僧侶なのに獅子舞を歓迎し、かつ率先して参加して頂くのである。 今年は天狗役として、振り棒ではなく刀での演技に挑戦して頂いた。 獅子舞保存会から、園児に菓子袋や「段ボ獅子頭」を振る舞った。

#28

■在所廻りが進み、JA窪支所近くの公民館で休憩をとる。 そして時間の経過と共に、参加者も小学生から中高生が加わる。 また、役員や演じる方も顔ぶれが変わってくるのだ。

■日が暮れるとゴールデン・アワー。 今年も祝儀舞の軒数は少なかったものの、天候に恵まれ東海宅の一点集中で盛り上り、 演じる方も熱がこもった。

■長獅子舞に備え、公民館にて三度目の休憩に入る。 まだまだ士気は衰えていない。

■本年より、恒例の「樽取り」は発祥地である池淵商店広場が利用出来なくなったので、 以降の長獅子舞は、鎮守の古江神社境内で行う事になる。 見学者にとっては、あちこち移動しなくても良いので、都合が良い。 演技に用いる「酒樽」は、池淵商店から貰い受けた物を使用していたので、 伝統はかすかに受け継がれている事になるのだ。 「樽取り」に続き「磯振り・薙刀」と進み「獅子殺し」が行われ、 「宮入り」の後「シャン・シャン」の手拍子で目出度く締めくくられた。

■全ての行事・演目が終わり、公民館にて最終の休憩に入る。 感動の余韻を残しながらカレーを頬張り、全ての行事が終わった。

■翌日は、垣内の居酒屋「まる甚」で反省会が行われた。 今後の獅子舞の取り組みについて、各自の思い思いを厚く語り合いながら宴たけなわとなった。 (平成26年4月13日・日曜日)


平成25年は、絶好の獅子舞日和り

■ここ数年、春の獅子舞となると必ず雨の洗礼を受けていたのだが、今年は絶好の獅子舞日和りとなった。 例の「獅子舞奉納奉告祭」はAM8:00からの予定だったが、獅子舞連中は既に30分前に古江神社に到着した。 従って、宮司さんは衣装の準備も未だ出来ていない状態である。

集合写真
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■時間的な余裕もあって、拝殿をバックに集合写真を撮ることになった。 こんな晴れ間は、平成21年依頼の事である。 とにかく、先発隊の皆んなが勢揃い。

■滞りなく「獅子舞奉納奉告祭」を済ませ、待ちに待った獅子舞が始まった。 近回りの在所を済ませ、チビッコが待つ海青保育園、コマツ・キャステックスへとお決まりのコースとなり、 会員も少しづつ増えてくる。

  

■絶好の獅子舞日和りは終日続いた。賑やかな祝儀舞い、池渕家での恒例の「樽取り」も終え、クライマックスとなる古江神社での「磯振り・獅子殺し」に向う。 今回は「窪下獅子舞保存会長」が不参加となったが、参加者全員が一丸となって有意義な獅子舞が繰り広げられた。 当地の獅子舞は、他地区でいう「勇壮な暴れ獅子」とは違い「優雅で幻想的な神事」なのだと思った。

  

■翌日、垣内の居酒屋「まる甚」にて恒例の慰労会・反省会が行われた。 宴席において会員の「東海さん」から何かの提案が有ったのだが、 酔っ払った連中には誰もその内容は覚えていないだろう。


平成24年は、久々の保育園訪問。

■怪しい雲行き…、経験を反映し獅子舞連中は雨対策で古江神社に現れた。 が、昨年のドシャ降りに比べ大した事はなさそうだ。そして、とどこうり無く神事を終え例の在所回りとなる。 (平成24年4月14日)

■今回は、新装なった「海清保育園」で、久々の園児サービスを行うと言う。 向かってみると、園長先生をはじめ園児・父兄が、今か今かと待ち構えていた。 これまでの園長先生は、獅子頭の演舞をやってもらったが、今回は、天狗役を無理じいしたのだった。 演技が終わると、恒例のお菓子配りに園児達は大喜び。
後日、この海清保育園の理事長さん( 中西智海師)の訃報を知った。 師と言えば、御存じ浄土真宗本願寺派の 勧学 であった。願わくば往生安楽国…合掌。

海清保育園

■午後からは、もう雨の心配は無く連中は雨具を脱ぎ棄て、絶好の獅子舞日和となった。 最近は祝儀舞いも少なかったので、早々に恒例の池渕家での長獅子舞も終え、古江神社での演技となった。 神社では、観客サービスを意識し様々なレパートリーを披露し終えた後、クライマックスの獅子殺となった。

■翌日は、面倒な後始末も終え地元の「居酒屋まる甚」で慰労会が行われた。 事務局が曰く「練習と言い本番と言い、こんな沢山のメンバーがいたのか?」と。 そんな発言にも応ぜず、和気あいあいの慰労会となった。


平成23年は、出鼻を挫かれた!

■例年通り古江神社にて、獅子舞奉納奉告祭(07:30)が行われる。ところが、上がり物の獅子舞が丁度、終わった辺りから、激しい雷雨となってしまった。獅子方連中は、駆け込むように拝殿に上がる。拝殿内では、しめやかに神事が行われたが、相変わらず雨が止まない。本来ならば、この後に宮司さんへの祝儀舞が行われる筈であったが、雨天装備をしていなかったため、連中は一旦、獅子舞宿に戻らざるを得なかった。 そして、ようやく雨も収まり絶好の獅子舞日和となる。在所回りも順調に進み、延期となった古江神社の祝儀舞も春季例祭(16:00)の時間帯にタイミング良く行われた。 (平成23年4月16日)

獅子殺し

■今年は、獅子方連中の半纏(はんてん)に新デザインが加わった。 これまでの背中は、天満宮のシンボル・梅鉢模様だったが、今回から「窪下」の漢字体が加わったのである。背に梅鉢、腰周りの唐獅子模様は「窪上」も同じ様なデザインだったが、これで獅子方連中の区別が付き易くなった。

■「ひかり第一保育園」が統合されたので、例年の様な園児向けの演技は無くなった。 加えて、今年は祝儀数も少なかったので、早い時間帯で池淵家での「樽取り」が行われた。 従って古江神社での「磯振り・獅子殺し」も、学童にも参加できる時間帯となり、良い機会となったであろう。また、女子の獅子笛が「獅子殺し」の最後まで参加できたのは、今年が初めてとなった。

■例によって、東京・京都に在学中の学生さんも、この日の為だけに帰省し、獅子舞に加わった。「獅子舞オタク」恐るべし。翌日の後拭き(反省・慰労会)は居酒屋「まる甚」。 会費制にも関わらず多数が参加し、和気あいあい。 ここは昨年、映画「ほしのふるまち」にて堤恒太郎(中村蒼さん)と宮本正樹(KGさん)とのロケが有った居酒屋。1シーン・3カットが撮影されたのだった。


平成22年は、星のふるまち

■平成22年は例年より遅い4月17日(土)、予報がずれ込み天候が定まらない早朝となった。 神社で行われる恒例の獅子舞奉納奉告祭には、一行連中は全天候型の装備で臨んだ。 つつがなく神事を済ませ、在所の家祈祷舞・保育園訪問と進む。 一時的な雨に見舞われたものの、日頃の精進の為か、その後は順調に天候が回復したのだった。 (平成22年4月17日)

■今回は、ここ数年に比べ新築・結婚の祝儀も目立ち、活気に溢れた獅子舞が行われた。 少々肌寒い気温であったが、団員にとっては充実した一日となっただろう。 さて、獅子舞も深夜に及び、恒例の樽取り・磯振り・獅子殺しと順調に進んだ。 見上げる夜空には、北斗七星がくっきり映えている。 「ほしのふるまち」氷見の獅子舞は、今がシーズン真っ只中なのだ。

■一連の行事も無事に終え、一行連中は獅子宿に戻る。 今年は隔年おきの窪集会場が利用できたのだった。 深夜も1時半だったろうか、他所(窪上)では、まだまだ獅子舞の太鼓の音が続いている。 団員の一人が思わず「窪下に生まれて良かった…。」と呟いた。 獅子舞への情熱と責任とを思う彼らに、同感である。


平成21年は、女子児童が大活躍 !

■待ちに待った春季大祭、天候に恵まれての出発。 古江神社での獅子舞奉納奉告祭を厳粛に済ませ、恒例の在所廻りとなった。 人気の保育園訪問では、今年も若住職に無理やり獅子頭を振らせてしまった。
終日、快晴だったのでゴールデン・アワーも順調に終え、 古江神社の境内で「長獅子舞」のサービス。 恒例の池渕っつあんでの「樽取り」の後、無事に「獅子殺し」に至った。 (平成21年4月11日)

集合写真
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■平成16年から始まった春季大祭での保育園訪問、保育園の夏祭り。 当時のチビッ子は、今や保存会の大戦力に育った。 昼間の在所廻りでは、天狗・獅子頭など児童がそのおおかたを務めたたのである(拍手!)。
さらに、今年より初めて加わった地方(じかた…笛・チャンチクリン)を務めた女子児童たちは、 疲れも何んのその、最後の獅子殺しに至るまで、務め上げてしまったのである。(もう感動的!)

■この女子児童たちの吸収力は凄い。わずか10日間ぐらいの練習で、全ての曲目をマスターしてしまった。 大人でも難しいとされている「昔(むかし)」の指使いも、難なくこなしてしまう。 しかも長い一日、脱落者も無く務めてしまった。 保存会の熱意もさることながら、彼女たちの未来に幸あれ! (菅原の道真さん、頼んまっそ。二礼二拍手一礼。)


平成20年は、児童の参加が目立つた。

■平成20年の「獅子舞宿」は、窪集会場となった。 この日の春季大祭は、三地区(窪・園・柳田)も含め、 西条地区では集中してしまうのだ。従って、 窪集会場の利用は、最近では「窪上青年団」との隔年利用となっている。 (平成20年4月12日)

児童

■これまで、単なる見学者に過ぎなかった子供たちも、最近は少しずつ獅子舞(天狗・頭)の戦力となってきた。 従って、春季大祭が過ぎた翌日の直会(なおらい…後拭き)においても、従来からの封筒入りの小遣いに加え、最近では飲食物が提供されるようになり、 正式に認められた扱いとなっている。 ただし、ノン・アルコールのため、大人とは時間帯をずらす配慮がなされている。


「第35回ひみまつり」に出演しました。

■久々の出演となった。 前回とは異なり、集合場所が「氷見漁港」に設定された。 そこでは、出演者一同の顔見世となり、和気アイアイの雰囲気である。 前回は、太鼓台を地元から歩きながら引き出し、しかも連中の単独行動であった。 ハッキリ言って、無駄なエネルギーを費やした様な気がしたのだった。 今回はそれぞれが遠路なので、全チームが自動車を利用しての機動作戦を行っている。

氷見市上田子(かみだこ)青年団
氷見市窪下(くぼしも)獅子舞保存会
高岡市守山(もりやま)獅子会
入善町椚山(くぬぎやま)獅子舞保存会

■演技は、市役所通りの「比美町交差点」および「中の橋」の2箇所である。 我が「窪下獅子舞保存会」は、門外不出(?)の長獅子舞を演じたのだった。 私は会員なので出演側となって、十分な取材が出来ませんでしたが、 富山のお祭り日記 さんが取材した映像 動画(←ここをクリック。) で、雰囲気を感じて下さいね。 (平成19年8月4日)

比美町交差点酒取り(樽取り)
中の橋獅子殺し


「第32回ひみまつり」に出演。

■「第32回ひみまつり」への出演が決まった。 古江神社の境内にて獅子舞の練習を行っていた所へ、 東中中学校 (北海道空知郡上富良野町)の生徒さん、「清流獅子舞」連中さんが現れた。 はるばる北海道からの訪問には、練習中の私達も感動しきり。 (平成16年7月29,30日)

紹介ビデオ

■そして当日(平成16年7月31日)、在所の窪公民館に集合する。 早朝からの準備に、団員は大わらわ。 うだるような猛暑の中で、午後4時に準備完了。 窪区長さんからの祝儀の舞で出発し、古江神社で慣例の獅子舞を奉納する。 そして「氷見まつり」の会場へ向かった。

■大成功に終わった翌日、これも猛暑の中で例年より念入りな後片付け。 古い道具は、それぞれの想い出に浸りながらも、思い切った処分を行う。 そして乱雑だった倉庫も、早朝からの整理でスッキリした。

■その午後、居酒屋「まる甚」で慰労会を行う。 上富良野町から頂いた「ふらの産メロン」を食べながら、 それぞれの苦労も、楽しかった思い出として語り合う。 そして、万歳の後は「一本締め」で、保存会の弥栄を誓い合った。 (平成16年8月1日)


保存会のあゆみ

■獅子舞の継承は数年来の懸案となっていた。 しかし、心ある方々の努力により進められ、ようやく保存会発足の運びとなった。

■保存会の組織は次の通り。 ただし、幹事および事務局の内、自治会・各組の持回りとなっている役もある。


獅子舞用具の新調お披露目式

■これまで痛みが進んだ獅子舞用具は、保存会の熱意に賛同した地域住民(主として古江神社の氏子)からの寄進を受け、ようやく新調された。 そして本年の春季大祭に先立ち、西光寺(なかにっさん)の境内にてお披露目式が行われた。 獅子舞保存会は、あらかじめ、その用具と共に古江神社で宮司・禰宜(ねぎ)からの修祓(おはらい)を受ける。 その後、神社での奉納獅子舞が行われ、お披露目式会場に向う。 (平成16年4月3日)

紹介ビデオ

■会場では、招待客さんや自治会の各役員を迎え、大勢の獅子舞ファンが待ち構えている。 式次第が進むにつれ、辺りは黄昏となり絶好の獅子舞ムード。 当日は「樽取り」と「獅子殺し」を除いて、保有する全ての演目が紹介された。 招待客には、天狗・獅子方・太鼓台などの装束一式を納入して頂いた高岡の白石縫旗店・社長、 獅子頭を納入して頂いた井波の彫刻家・今井幸太郎氏らも同席されました。 (平成16年4月3日)


獅子舞練習

■通常、獅子舞の練習は演技力だけでは無く、もっぱら筋力トレーニングが目的である。 しかし保存会の発足に伴ない、ねらいは練習機会を通じての普及活動に向けられた。
練習会場は、例年であれば青年団長の家が提供される。 しかし、今回(平成16年3月)から古江神社の境内が利用された。 公共の場所であれば自由な見学や参加も、し易すいだろうと。 そして、もし悪天候であれば近くの保育園を利用することになった。 この保育園の経営者は寺院なのだが、寛大な住職のはからいで利用させて頂く。 それは正に、神仏混合と言えよう。(平成16年3月)

■練習時間帯の前半は年少者、後半は年長者となっている。 期間の前半は在所回りでの必須科目を、 祭日が近づいた後半では、いわゆる長獅子舞における要所・要所のイメージトレーニングが行われる。 (平成19年4月)


春季大祭の準備

■春季大祭は往年であれば4月15日であったが、近年は近い土曜日が選ばれる。 その日、関係者の集合は早朝なのだが、宿(やど)での準備は大変である。 前日迄に済ませたかったが、当日に残された用意も有ったらしい。 それでも八時頃、太鼓の音にせがまれると、関係者は気が気では無くなる。 (平成16年4月10日)

準備


獅子舞の出発

■まずは団長の家で舞う。 そして、お決まりの古江神社・陸田家・池淵家と獅子舞は進む。 本来であれば、神社で奉告祭(お祓い)を受けるので有るが、 近年は、その名残りであろうか神官が居なくても神社では奉納獅子(あがりもん)が舞わされる。 かつての豪農であった陸田家(だんなはん)は、当時の獅子舞のスポンサーであった。 そして池淵家(いけぶっつあん)は、獅子舞伝承にゆかりが有った家柄であったと言う。 (平成16年4月10日)

■平成18年の春季大祭では、出発に際し獅子舞奉納奉告祭を受けた。 午前8時、会員は古江神社に集合し、神官からの厳粛な修祓(しゅばつ)を受ける。 そして、神社・神官からの祝儀(はな)を受け、奉納獅子舞を行うことになるのだ。 奉納の後は、かつて獅子舞伝承に功績のあった陸田家・池淵家へと、お決まりのコースに向かう。 (平成18年4月15日)

■雨天が懸念されたので、天狗の烏帽子・獅子の胴幕(かや)にビニール対策を施し、 獅子舞奉納奉告祭に向かった。 (平成19年4月14日)


在所回り

■お決まりのコースが済むと、続いて在所の全部の家に獅子が舞わされる。 各戸の無病息災・安全祈願、弥栄(いやさか)を念じて。 しかし、その年に不幸が有った家は遠慮(えんりょ)と呼ばれ、獅子舞は行われない。 神社の神官に伺うと「そんな決まりは無い。」と言うが、当地における仏教的な習慣であろう。 (平成16年4月10日)

■祭礼の費用は「かっとう割り」と呼ばれ、各戸から均一に分担を願っている。 頂いた家々には当日、一軒当たり2曲の獅子舞が行われるのである。 正式な獅子舞の1曲は、レピートして「ふた回り」するらしいが、 近年では時間的余裕が少ないので「ひと回り」で済ませている。 (平成19年4月14日)


保育園への訪問

■とにかく子供達に獅子舞を見る機会を与えよう。 それが文化や伝統維持の原点であると思う。 保存会発足における最初のイベントとして、保育園への訪問が有った。 かなりの時間を割いたが、何時かは、と子供達の将来に期待を寄せるのだった。
その辺りは布教のプロ、西光寺(なかにっさん)が経営する保育園である。 若住職さんが、快く出迎えて下さる。 そこには神道も仏教も越え、園児とその父母、住民同志のふれあいが感じられた。 ちなみに住職(中西智海)さんは、本願寺派から最高の学階「勧学」(平成16年4月、勧学は全国で18名と言う。)が授与されたらしい。 (平成16年4月10日)

■その後、保育園では「夏のつどい」が行われた。 数年前、子供達の為を思い、熱心な父母の手により、手作りの獅子舞が演じられたと言う。 しかし、今年は保存会発足の初年度である。 子供達の将来に期待しつつ、本格的に獅子舞を演じる事になった。 (平成16年7月24日)

■恒例となった保育園への訪問は、今年で3回目となった。 チビッ子天狗の演技で迎えられ、園長先生・保母さんの獅子頭の演技も加わった。 こうなると、訪問と言うよりチビッ子の歓迎行事となった。 (平成18年4月15日)

■今回も保育園訪問を実施した。 早朝の小雨は何処へやら、園児さん達の期待に答え、この時ばかりは好天気。 不思議なことに、これまで保育園訪問では雨が降ったためしが無い。 チビッ子達の表情が、たまらなく思えるひと時である。 (平成19年4月14日)


祝儀・長獅子舞

■春祭り。在所回りが済むと、或いは中断して夜の部となる。 当地に限らず、祭りに羽振りの良いお客さんを迎えた家、或いは目出度い出来事が有った家では、 祝儀を出して、獅子舞を呼び寄せる風習がある。 お客さんが帰ってはいけないので、この時間帯は集中してしまう。 いわゆる「ゴールデン・アワー」である。 (平成16年4月10日)

夜

■「ゴールデン・アワー」が済むと中入りの後、伝統的な長獅子舞(ながじしまい)が行われる。 この一連の演目が済むと夜も更け、 獅子舞は「シャン・シャン・シャン、おっシャンシャンのシャン」の手拍子で「お開き」となるのである。 「獅子殺し」はかつては陸田家(だんなはん)で行われ、古江神社で「お開き」となったが、 近年は事情により、形を変えている。 いずれにしても獅子舞に貢献のあった方々に、敬意を表しての舞であろう。

♪池淵酒店での「樽取り」(最近は行っていない。)
♪青年団長の家での「磯振り」(最近は行っていない。)
♪そして最後に古江神社での「獅子殺し」

■平成18年は、波乱の天候であった。 快晴の朝に出発し、神官からの修祓(しゅばつ)も滞りなく終え、快調に出発した。 しかし、肝心の祝儀・長獅子舞の段になると豪雨に見舞われたのである。 それでも、会員は挫けずに最後まで獅子舞を努めたが、さすがに獅子殺しは中止となってしまった。 残念。 (平成18年4月15日)

■危ぶまれた天候も経過とともに回復し、絶好調の獅子舞日和りとなった。 例年に比べ祝儀の数こそ少なかったが、真髄はやはり長獅子舞である。 (平成19年4月14日)

♪池淵酒店での「樽取り」(最近は行っていない。)
♪古江神社での「磯振り・獅子殺し」


天狗

■天狗さんは、衆生救済のため超能力を駆使する存在として伝えられている。 しかし、ご当地での天狗さんは、獅子に対して懸命・必死に戦っており、むしろ人間臭いのである。 日本神話に出てくる「天照大神の先導役」の猿田彦大神と言われているが、定かではなさそうだ。

天狗

■天狗の衣装は次の様である。 ちなみに軽衫(かるさん)とは、南蛮人の「はかま・もんぺ」を表すポルトガル語らしい。 ずいぶん古い言葉が残っているものだ。


烏帽子の紋様

■烏帽子(えぼし)の紋様
烏帽子には綺麗な鶴・亀・牡丹の吉祥(きっしょう)文様が施されている。

当地区では、次の三種類の烏帽子を使用している。

@浪に梅鉢舞鶴、五葉松・水
A浪に梅鉢揚羽蝶、牡丹
B舞鶴に梅鉢蓑亀・水

■錣(しころ・錏)の紋様
烏帽子甲(えぼしかぶと)に付けて、首や襟を防御するもの。 威(おどし)で付けれた札(さね)には数種の紋が表現されている。 そう言えば、元力士「寺尾」は錣山(しころやま)部屋の親方さん。


獅子

■百獣の王である獅子(伝説上の霊獣、菩薩の誓願を象徴)は、 百花の王である牡丹(幸福や富貴を象徴)を食べて生きると言われます。 従って、唐獅子牡丹(力を象徴)の組合わせは、吉祥(瑞兆、幸福の知らせ)文様の代表格なのですね。

■作品と題字は、井波の彫刻家 今井幸太郎氏による。
氏は1955年、井波町生まれ。 1977年、専修大学を卒業の後、初代幸太郎、2代目幸太郎に師事した。 1999年、3代目幸太郎を襲名し、現在に至る。 初代幸太郎は大正の初期より開業し、井波彫刻の制作に精進した。 労働大臣賞、瑞宝章の叙勲等を受章したと言う。

獅子頭 題字

■当地における獅子の衣装は、いわゆる百足(むかで)獅子である。 しかし、獅子は諸悪のシンボルでは無い。 むしろ、頭(かしら)には紙垂(しで)で飾られる神聖なキャラクターなのである。


地方

■獅子舞は、太鼓が無くては始まりません。 地方(じかた)と言っても、獅子舞全体をコントロールする重要な役割を果たします。

■そして、太鼓に色取りを添え、獅子舞をいっそう華やかにするのです。 しかし、メンバーが少ないと、この地方(じかた)は手抜きせざるを得ないのです。


獅子舞の演目

■下図は、古老(故・東海弥右衛門)が残した文書であるが、 現存の演目との違和感は、全ったく感じられ無い。 しかし、長獅子舞としての「樽取り・磯振り・獅子殺し」の名前は見当たらない。 紙面が足りなくなり、後は口頭で伝えたのであろうか。

文書

■この中で「祇園ばやし…別名・猫じゃらし」の記述が有るが、現在は消失してしまっている。 諸先輩に伺うと、イメージとしては残っているが、ここ10〜20年前から舞っていないので、再現には自信が無いと言う。 どちらかと言うと、コミックな舞なので、神聖な獅子舞としては歓迎されなかったのか。 同じ頃、道化(どうけ・にわか)役も消失してしまったらしい。 世の景気が回復すれば、こんな漫才風(ボケとツッコミ)な獅子を舞う余裕が出るかも知れない。


獅子舞宿

■獅子舞の準備や活動の拠点を宿(やど)と言います。 当地は公共施設が利用できないので、主に青年団長の家となっています。
昼食や途中の休憩、天狗の衣装替え等は中入り宿として、あらかじめお願いしておきます。 宿の当日は大混乱するが、理解ある家々によって引受けて頂くのでした。
食事・休憩、当日の手配など雑務万般。 この賄(まかない)は、保存会員ゆかりの女性陣にお願いしています。 (平成16年4月10日)

■従来の獅子舞宿は、本拠地・昼宿・中入り宿・夜宿と、それぞれ違った場所が提供されていた。 しかし、近年は諸事情のためか、獅子舞宿は心ある保存会員の自宅で、同一に行われる。 それが返ってアットホーム的となり、遠慮なくゴロ寝をしてしまうのだった。 (平成19年4月14日)


反省会

■翌日の慰労会・反省会を後拭き(あとふき)と言います。 今回は子供達も含め、実際に獅子舞に携わった方々に集まって頂きました。 但し、大人達はアルコールが入るので、その後の時間帯に席を設けますが。 (平成16年4月10日)

■今回の反省会も、このページ管理者の自宅付近で行われた。 年少組は、それぞれ手に白い封筒を携え、嬉々とした表情で帰って行くのであった。 この後は、年長者の時間帯となるのだ。 (平成19年4月15日)


その他の準備・雑務

■兎に角、獅子舞を繰り出すと言う事は、大変な準備が必要である。 ざっと洗い出すと、次のとおりである。

■ぞっとする様な細かい仕事が次々と続く。だが、事務局を中心に淡々とこなして行くのである。 (平成19年4月13日)


青年団の記録

■以前の記録を残した。この翌年、獅子舞は行われなかったと記憶している。 危機感を感じたのは、私達だけでは無かっただろうか。

■次は保存会が結成される直前の記録であり、自宅付近での舞を写しておいた。 少人数での舞は、ある意味では青年団の心意気が感じられ感動した。 彼らこそ、地域の伝統芸能を守り切ったと言える。

記念


保存会が演じる獅子舞の動画です。

■このページのあちこち、例えば 獅子舞の演目獅子笛の運指 などで、動画を紹介していましたが、ここで改めてまとめてみました。

■上のセレクト・ボックスから選びクリックして下さい。 動画(240×180)は必要なプラグインが有り、ブロードバンド接続(ビットレート109kbps以上)で無いと、上手く動作しないかも知れません。 撮影は窪下獅子舞保存会の依頼により、東海写真館が行ったものをウェブ配信用として縮小を行いました。


おわりに

■獅子舞は、悪魔を払って吉祥(幸福の兆し)を呼ぶ目出度いものとして、 広く東南アジアの各地で舞われていると言う。 しかし、当地では獅子は悪のシンボル、正義の味方の天狗が獅子をやっつける舞となってしまった。 一説によると、獅子は獅子では無く「龍」であり、「大蛇」では無いかと言う。 そう言えば、クラシック・スタイルの獅子頭は「箱型」なのであった。 そして、獅子の足数が一般的では無く「むかで(百足)」なのが気にかかる。

■高倉健では有りませんが、

義理と人情を 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界
幼馴染の観音さまにゃ 俺の心はお見通し 背中で吼えてる 唐獅子牡丹

太鼓の音や「唐獅子牡丹」は、氷見とは言わず神仏を問わず「日本人」の心の古里なのでしょうね。

■浅学なので、このページには不適切な表現が有るかも知れません。 より良いページを目指すために、どうか皆様の、ご意見・ご支援をお待ちしております。


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