万葉とゆかりの神社

万葉集にゆかりが有る神社を調べて見ました。


はじめに

■氷見および近郊で、万葉集にゆかりが有る神社を調べて見ました。

■これらは、私の独断・偏見で選んでいます。(順不同)
祭神の読み方が分からない場合は、該当部分をクリックして下さい。 なお、文献も参考 にしていますが、このページを当てにしないで下さい。 特に地籍(番地)はデタラメです。 氷見の郊外では、昔から神社には習慣上、地籍が有りません。 社務所が無い場合には、責任役員・神社総代などの住所を当てがっています。 従って、代表者が変わった場合には、放置されたままのようです。 今、氷見では地籍調査が進められていますが、今後は地籍が採番されるようです。

写真 をクリックすると、写真または解説が見られます。 本文と写真の解説文は、全体の構成上、異なる場合が有ります。また、 地図 をクリックすると、地図が見られます。中央の+印が現地です。 Map Fan Web 地図リンクサービスを利用しました。


氷見市(35座)

神社

氷見市内の神社数:175座(昭和58年)
・神社本庁に所属の神社:168座
・所属しない神社:7座

宇波神社

鎮座宇波 4904番地 宇波 地図
祭神 譽田別命気長足姫命比売大神
社格指定村社
由緒 宇波の産土神にして、宇波の地名は万葉集・和名抄などに見る。 古くは八幡宮と称して崇敬され、境内地は古墳である。

垂姫(たるひめ)神社

鎮座薮田 299番地 垂姫 地図
祭神 息長帯比売命譽田別命比盗_伊邪那伎命伊邪那美命菊理比盗_倉稲魂命
社格指定村社
由緒 往古の垂姫神社八幡宮は、海岸の通称、八幡なる地に有ったが、 その社地は凡そ130間余りも海中に突出する風光明媚な地で有った。 然るに有磯海の荒波に何時しか社地も次第に崩れて、今、僅かに岸涯を留めるのみ。 かくて寛永年中、現在の産神社の白山社に転座奉祀となる。 後、天保15年10月、垂姫神社の復称宣旨、神宣状を賜わる。

榊葉乎布(おふの)神社

鎮座阿尾 502番地(阿尾城址) 白峰 乎布 地図
祭神 天照皇大神菊理比盗_底筒男命・中筒男命・表筒男命
社格無所属・村社
由緒 旧名榊葉神明宮。当社は大伴家持の勧請なりと伝聞する。
関連巻18-4093万葉の歌碑・史跡氷見の指定文化財

箭代(やしろ)神社

鎮座北八代 787番地 箭代 地図
祭神 葛城襲津彦命・ 火皇産霊神・ 菅原道真
社格無所属・県社
由緒 延喜式内社にて越中国三十四座の一にあり八代庄三十三ヶ村の総社にて 郷内最首という。

八幡宮

鎮座吉懸 67番地 八幡 地図
祭神 応神天皇神功皇后・比売神
社格村社
由緒 阿努君広嶋が縁の社にして以来、 吉懸の産土神と成った。 中古豪族、鞍川氏(鎌倉時代)の尊崇淳く社殿造営のことあり、 と伝えられている。

阿努(あぬ)神社

鎮座味川 2687番地 阿努 地図
祭神 阿努君広嶋応神天皇神功皇后・比売神
社格指定村社
由緒社号帳に射水郡大領、 阿努君広嶋が居住の地なり、と称する。

五柱(いつはしら)社

鎮座余川 3690番地 五柱 地図
祭神 天忍穂耳尊・ 天忍穂日命・ 天津日子根命・ 活津日子根命・ 熊野久須毘命
社格指定村社
由緒 旧記によれば明暦2年以前に建立され、 当時、五社大明神と称し住民の尊崇篤かりしと云う。 社殿は規模小なり、また破損甚だしきため、 文化3年8月拝殿を、文化5年本殿を建立し今日に至る。
関連 氷見の巨樹・名木氷見の指定文化財

金田(かなだ)神社

鎮座余川 6205番地 金田 地図
祭神 天忍穂日命・ 天津彦根命市杵嶋姫命
社格指定村社
由緒 越中旧事記射水郡有磯之賦に、射水郡内の社は、布勢・箭代・磯辺・ 泉天満宮・(中略)、 金田の虚空蔵は枯木に現れて福徳に花咲かす云々、と有る。

天満宮

鎮座稲積 2280番地 天満 地図
祭神 菅原道真事代主命
社格指定村社
由緒 阿努庄総社 泉天満宮の分霊を奉持して社字となす、と記録が有る。

白山社

鎮座田江 1262番地 白山 地図
祭神 菊理姫命
社格村社
由緒 田江村は縄文土器の出土により、 また、白応時代、 安努庄太領より住民が存在していたと云う。

上田(うわだ)神社

鎮座上田 288番地 上田 地図
祭神 伊邪那岐命伊邪那美命速玉之男命事解男命迦具土命大山咋命菅原道真公建御名方命
社格不詳
由緒 養老年間の鎮座と云う。
関連 氷見の巨樹・名木

天満宮

鎮座泉 1213番地 天満 地図
祭神 菅原道真阿努君広嶋
社格指定村社
由緒 後三条天皇延久3年に、刑部藤原忠久が、 阿努郷の富豪道萬道中の奉載を得て、 大廈を造営、云々とあり、 越中旧事記に伝える越中国一社冠頭の天満天神として氷見郷衆諸崇敬の天神である。

八幡神社

鎮座加納 1456番地 八幡 地図
祭神 品陀和気命応神天皇神功皇后・比売神
社格指定村社
由緒古習多い村であり、俗に「裏の宮」と呼ばれている。
関連巻19-4251万葉の歌碑・史跡

阿努(あぬ)神社

鎮座鞍川 1725番地 阿努 地図
祭神 阿努君広嶋豊受大神市杵嶋姫命 応神天皇神功皇后・比売神
社格村社
由緒 鎮座地は俗称沖布と称し往古、 阿努君広嶋の教導にて、 これより東北、布捨森また西南、糖塚の丘に、 織りし布を晒せしにより置布とも称すなり、と記録が有る。

御田(みた)神社

鎮座仏生寺 495番地 御田 地図
祭神 大年神・ 御年神、他三柱
社格郷社
由緒 本社は六国史の三代実録に登載してあり、 皇室の崇敬厚く神祇官より神階を授けられる。 仁寿元年正月、正六位。文治元年3月3日、正四位上を授けられる。
関連 氷見の巨樹・名木

蒲田白山神社

鎮座神代 729番地 蒲田 地図
祭神 伊弉諾尊伊弉册尊菊理姫命
社格指定村社
由緒 天平4年、越中の国守、田口朝臣年足が巡視の際に、 加久弥神社の神田として選ばれ、白山社を勧請したと云う。

加久弥神社

鎮座神代 2676番地 神代 地図
祭神 倉稲魂神天照皇大神
社格郷社
由緒 天平4年9月、外従五位下田口朝臣年足が、 国守として巡視の際に、当社に参拝したと云う。

天満宮

鎮座惣領 2155番地 天満 地図
祭神 菅原大神天照皇大神建御名方神大年神
社格指定村社
由緒 古代には十二町潟より続き、舟便を利用して万葉人の往来が有ったと云う。

布勢(ふせ)神社・御影(みかげ)社

鎮座布施 1826番地 布勢 祠 御影 地図
祭神 大彦命
社格指定村社
由緒 延喜式内社であり、布勢臣の祖である大彦命を祀ってある。 社地は、風光明媚な布勢の円山の全山を有し、 境内には大伴家持を祀る「御影社」が有る。
関連 巻18-4042(小祠横の案内)・ 巻18-4043万葉の歌碑・史跡氷見の指定文化財

日宮(ひのみや)神社

鎮座大浦 1804番地 日宮 地図
祭神 天照皇大神
社格村社
由緒 勧請年は天平年間と言い伝え有り。 古来、久目神社と称せられ、家持、下降のみぎり、 御神鏡・幣帛(へいはく)を奉献せられ、御歌を奉詠なされたと云う。
御歌 久目神爾君賀千年遠祈留良牟(くめかみにきみがちとせをいのるらむ)
耳浦爾都久在明乃月(みみうらにつくありあけのつき)
意訳 久目神社、弥栄(いやさか)思い、祈願した。 耳浦で見た、朝方(あさがた)の月。
久目はん、ずっと頼んちゃ。
耳浦から見とった、明けの月みたいがに。
感想 在明の月は満月の1〜2日遅れが見頃だそうですね。

湖光(ここう)神社

鎮座湖光 9番地(俗称、古江新村) 湖光 地図
祭神 天照皇大神豊受皇大神潮満珠命潮干珠命
社格村社
由緒 万葉集に布勢水海在奮江(ふるえ)村と有る。 干拓地に創建された当地の旧社地と社号に古江新・神明社の名を残す所。 宝永5年の新開、弘化2年の整地、その度に移転された。 明治8年、この奮江なる布勢湖(十二町潟)の氾濫を 海に落とす吐川新設による干拓の地にも、 潟中開(かいずびらき)神明社が建てられた。 それは時の太政官のお陰として、だいじょかん(太政官)の宮と呼ばれた。 昭和51年、農地構造改革に伴い、それぞれの神明社は、500メートル東の古江新に 合祀され、社号・地名とも湖光とされた。
関連 万葉の歌碑・史跡巻17-3991巻19-4187(抜粋)

日宮神社

鎮座十二町 字高塚 1984番地 日宮 地図
祭神 天照皇大神建御名方命伊邪那岐命伊邪那美命菊理姫命
社格指定村社
由緒 布勢水湖を廻り、多数の末社(里宮)を擁する総社(大宮・山宮)で有る。 住吉社(坂津)・島沖崎(沖崎)・白山社(新舘)・ 八幡社(津野)・火社(矢崎)・稲荷社(矢崎)・ 神明社(清水)・八幡神社(村上)等が末社で有る。 神事十二町の獅子舞い は近隣に伝承されたと云う。
関連 巻17-3992万葉の歌碑・史跡

稲荷社

鎮座十二町矢崎 字竹ヶ尻 3314番地 稲荷 樹木 地図
祭神 倉稲魂神
社格個人所有。神社誌によると由緒は古い。
由緒 六助の裔、山ア家が専ら奉仕。境内の大欅は旧態を存し、藤の巨幹は周囲六尺。 万葉の藤浪の作を偲ばせ、此の花咲かずば山ア家に異変ありと伝える。
関連 氷見の巨樹・名木氷見の指定文化財万葉の歌碑・史跡巻18-4043

八幡神社

鎮座朝日丘 3910番地(俗称・村上) 八幡 伝説 地図
祭神 応神天皇神功皇后・比売神
社格不詳
由緒 悪い大亀がいて、作物を荒らしたり海人に危害を与えたので、 大伴家持にご祈誓をお願いしたところ、 亀は去ったと云う。俗称「雀森」は「鎭め森」か。 ここは元、十二町村で有った。

多胡神社

鎮座上田子 字前田 1266番地 多胡 地図
祭神 天照大御神応神天皇比淘蜷_
社格指定村社
由緒 従来、神明宮・八幡宮の合殿であったが、 大正7年10月15日、合祀し八幡神社と改称した。 昭和2年4月15日、多胡の地名に因み多胡神社と改めた。

田子浦(たごのうら)藤波神社

鎮座下田子 字勘定 1429番地 藤波 地図
祭神 天照皇大神応神天皇
社格指定村社
由緒 延暦17年8月15日、南兵衛尉信光が、 大伴家持から授かった太刀を霊代として奉斎し、剣の宮と称した。 明治18年8月、従前の神明社から田子浦藤波神社と称した。
関連 万葉の歌碑・史跡氷見の巨樹・名木氷見の指定文化財巻19-4199

神明社

鎮座島尾 1349番地 神明 地図
祭神 天照皇大神豊受大神建御名方神応神天皇神功皇后
社格不詳
由緒 往古は尾崎山に尾崎部落が有ったが、海岸の島が開発されたため、 次第に島部落へ移住したと云う。それぞれの部落名を取り、 明治15年「島尾」と改称された。

柳田(やないだ)神社

鎮座柳田 2797番地 柳田 地図
祭神 上筒男命・中筒男命・底筒男命少彦名命豊斟停命迦具土命倉稲魂神建御名方命
社格指定村社
由緒 付近の遺跡から、その歴史は相当、古いと思われる。

手向(たむけ)神社

鎮座柳田 2926番地 手向 地図
祭神 猿田彦神大物主神天照大神建御方神少彦名神崇徳天皇
社格指定村社
由緒 手向の神とは開道の時に、熊野大神に手向ると云う。 万葉集に、越中の美知能神を詠んだ歌(巻17-4009)が有ると云う。

南條神社

鎮座窪 2456番地 南條 地図
祭神 応神天皇神功皇后天照大神建御名方神大年神
社格指定村社
由緒 大伴家持が越中国在際の年、旧八幡宮を此の地に安鎭されたと云う。

古江(ふるえ)神社

鎮座窪 2431番地 古江 地図
祭神 菅原道真応神天皇、 他八柱
社格指定村社
由緒 明治15年、天満宮を古江神社と改称。 窪の村名は、往昔の射水郡旧江村と云う。
関連 古江神社について

日宮(ひのみや)神社

鎮座中央町 2-47番地 日宮 地図
祭神 天照大日霊尊須佐之雄命豊受大神天満大神、 他五柱
社格郷社
由緒 本社は天長5年2月の勧請である。 此地は古く比美の江の名所にして、蒼海に面し 潮頭日出を見るが故に日見と称し、本社も日宮と称される。

入江(いりえ)神社

鎮座朝日本町(田町 26番地) 入江 地図
祭神 伊弉諾尊伊弉册尊事代主尊菊理姫命
社格指定村社
由緒 今より約200年前までは、上庄川の下流が仏生寺川と合し、 有磯海に入る氷見の江の面影を残し、 南中町に氷見の江神社、田町に入江神社が有り、 往時、地方文化の中心で有った。

日吉神社

鎮座本町 60番地(南大町 365番地) 日吉 地図
祭神 大山咋命須佐之男命市杵島姫命菅原道真
社格郷社
由緒 白鳳10年、太田浦より得た千手観音像を本尊とした。 別当、上日寺の創建より、朝日山大権現山王宮と称え、 両部習合にて奉仕される。祇園大神幸祭は有名である。
関連 氷見の祭り

伊勢玉(いせたま)神社

鎮座伊勢大町1丁目9番23号 伊勢玉 地図
祭神 天照大御神火産霊神事代主命菅原道真・楠木正成、他
社格不詳
由緒 天平19年4月、大伴家持によって社殿が造営され、以来、有磯宮と称し、 氷見地方総鎮護の神として豪族・郷民から崇敬された。
関連 氷見の巨樹・名木

高岡圏(高岡:8座・福岡:3座)

神社

高岡市和田・荊波(うばら)神社


松太枝神社

鎮座高岡市太田 4422番地の1 松太枝 地図
祭神 菅原道真命伊弉諾尊伊弉册尊菊理姫命天照皇大御神
社格不詳
由緒 近くに桜谷古墳群が有ることから、奈良時代以前に 相当の人家が有ったことが考えられる。 社名は、松太枝の長浜を詠んだ地名に因んだもので有る。

天満社

鎮座高岡市国分2丁目1番10号 天満 地図
祭神 菅原道真公応神天皇神功皇后天照皇大御神豊受大御神事代主命
社格不詳
由緒 当社は大伴家持の頃、現在は海中になった所に有り、 男岩付近に八幡社が有ったと伝ええられる。 その後、荒波の浸蝕を受けて、現在の天満社に合祀された。

八幡社

鎮座高岡市伏木古府2丁目1番1号 八幡 地図
祭神 応神天皇神功皇后
社格不詳
由緒 大伴家持が氏神として崇敬し、近くに国府館の跡と推定される所が有る。

伏木神社

鎮座高岡市伏木東一宮17番2号 伏木 地図
祭神 天照皇大御神豊受大御神応神天皇神功皇后菅原大神
社格不詳
由緒 天平4年9月に神明宮として、伊勢皇大神宮から蔵ヶ浜に勧請され、 当時の大伴家持が厚く崇敬したようである。 はじめは神明宮と称し近郷11ヶ村の総社として崇敬された。 社殿は海岸の浸蝕により文化10年9月24日、現在の地(国府の別館の跡)に遷座された。 神事は伏木の曵山車として有名である。

気多(けた)神社・大伴神社

鎮座高岡市伏木一宮大平 2068番地 気多 大伴 地図
祭神 大己貴命奴奈加波比売命事代主命菊理姫命
社格無所属・県社
由緒 養老元年(717年)元正天皇の御代に、 越中一宮と定められた。また、延喜式神名帳には、 越中国三四座のうち名神大社気多神社と定められている。 本殿は国指定重要文化財。射水市(新湊)の 西宮神社は、この摂社で有る。
関連巻17-3954万葉の歌碑・史跡

物部(もののべ)神社

鎮座高岡市東海老坂 字川田 1068番地 物部 地図
祭神 宇麻志摩遅命・ 応神天皇
社格指定村社
由緒 物部氏の祖、宇麻志摩遅命を祀る。 物部氏の一族は、大彦命に従って北陸を鎮護した。 天平年間に大伴家持が国司として赴任した時、 随行した物部氏族たちが、この地に我等の氏神が祀られて有るとして喜び崇敬した。

高岡関野神社(高の宮)

鎮座高岡市末広町 9-56 関野 地図
祭神 伊弉冉尊事解男命・ 速解男命・稲荷大神・前田利長命
社格県社(神社本庁に所属せず。)
由緒 関野神社(熊野座)・高岡神社(稲荷座)・加久彌神社(神明宮)は 関野三社と称して、同一境内に鎮座されている。 加久彌神社は往古、射水郡関野郷上関村に鎮座せる式内社で有った。 大伴家持卿、越中国司として下向の時、当社に参拝し神鏡を奉納したと伝える。 現在、神事としての高岡御車山祭は、余りにも有名である。

荊波(うばら)神社

鎮座高岡市和田 954番地 荊波 地図
祭神 瓊々杵尊・ 大己貴命天照皇大神
社格旧指定村社
由緒 現在旧福田村(和田・比島・石塚・福田新・辻・くらの町・荒見崎)及び本保の惣社として尊崇せり。 砺波郡福田郷の郷社。式内社荊波神社に比定する説有り。 文政社号帳に十禅師大易神。祭神天津彦火瓊々杵尊。 砺波郡福田惣社で、往吉大社にて社家、社僧等多く神殿、拝殿講堂、神供所等有となっているが、 旧跡は今残らず、前社領等有りと有ふ。 文禄二年前田利長公より御祈祷仰付・諸役御免許の文書有り。(市文化財)
関連 巻18-4138 万葉の歌碑・史跡

日尾(ひお)神社

鎮座高岡市(福岡町)矢部 899-1番地 日尾 地図
祭神 天押日命底土神赤土神磐土神伊邪那伎命
社格指定村社
由緒 大伴家持当国に司となる時、国内諸神社参拝の節、 本社は大伴家の祖神なりとて祭文を捧げられた。 在官中、しばしば参拝、篤く尊崇せられたりと云う。

浅井神社

鎮座高岡市(福岡町)赤丸 5324番地 浅井 樹木 地図
祭神 八河江比売神・高皇産霊神・ 天照皇大神譽田別命伊弉諾命菅原道真建御名方命金山彦命金山媛命大山咋命木花咲夜比売命白山媛命
社格郷社
由緒 養老元年(717年)二ノ宮として社殿が御造営され、初穂の主史が置かれた。 「東大寺開田越中国砺波郡石栗村官施入田地図」 によれば、社領一段の記入があって天平宝字年間(757年)の 消息が伺われると云う。

貴布禰(きふね)社

鎮座高岡市(福岡町)木舟 46番地 貴布禰 城址 地図
祭神 罔象女命
社格村社
由緒 大伴家持の後胤、大伴右京、特定の勧請なり、と云う。

射水圏(新湊:2座・大島:1座)

神社

射水市(新湊)・放生津八幡宮


放生津八幡宮・祖霊社

鎮座射水市(新湊)八幡町 2丁目2番27号 八幡 祖霊 地図
祭神 応神天皇
社格不詳
由緒 天平18年、大伴家持が古国府に赴任在職中、常に奈呉の浦を愛された。 郷人に敬神の念を普及させるため、豊前国(大分県宇佐市)宇佐八幡神を 勧請し、奈呉八幡と称したと云う。
参考 毎年10月に行なわれる神事「新湊曳山祭」は、有名である。また、 平成5年、祖霊社が再建されてから毎年8月に「祖霊社祭」が行なわれており、 「のじた踊り」などが奉納されると云う。
関連巻17-4017万葉の歌碑・史跡

西宮神社

鎮座射水市(新湊)本町 2丁目4番の12 西宮 地図
祭神 事代主命大國主命豊玉姫命金刀比羅神
社格不詳
由緒 大伴家持は、二上庄(伏木)の一宮村に 気多神社を創立の際、 別に、その摂社として三社の大神を勧請された。 当社は天平宝子8年7月、その一社として摂津西宮神社の分霊を賜わり 天正8年、神保安芸守の命により奈呉浦へ遷座し、奈呉浦西宮神社と称した。

八幡社

鎮座射水市(大島町)鳥取 527番地 八幡 地図
祭神 譽田別命息長帯比売命誉津別命
社格不詳
由緒 垂仁の御代に鵠(くぐい:白鳥)が捕れたと云う。

小矢部圏(小矢部市:5座)

神社

小矢部市臼谷・八幡宮


神明社

鎮座小矢部市桜町 2432番地 神明 地図
祭神 天照皇大神
社格村社
由緒 大伴家持、国司在任の頃、土地の守護神として勧請したものと伝える。

三島神社

鎮座小矢部市田川 6382番地 三島 地図
祭神 大山祗尊事代主命建御名方命
社格無所属・指定村社
由緒 聖武天皇の神亀年間の頃、伊豆国加茂郡、伊豆三島神社の分霊を勧請せし社にして 往昔、中納言大伴家持・国司たる時、当社へしばしば巡拝されたと云う。

八幡宮

鎮座小矢部市臼谷 6967番地 八幡 地図
祭神 譽田別命彦波瀲武鵜草葺不合尊伊邪那岐命少彦名命建御名方命
社格村社
由緒 大伴家持・木曽義仲等尊崇の古社との伝承が有る。
関連 巻18-4138 万葉の歌碑・史跡

護国八幡宮

鎮座小矢部市埴生 2071番地 参道 神社 拝殿 地図
祭神 譽田別命・ 出雲社・春日社・埴安姫社・諏訪社・霊社・天満宮
社格県社
由緒 奈良時代、養老年間、豊前国(大分県)宇佐八幡宮の御分霊を勧請したのに始まる。 天平年間、大伴家持が、国家安寧・五穀豊穣を祈願した、と社伝される。

比売(ひめ)神社

鎮座小矢部市宮中 131番地 比売 地図
祭神 田心比売命天照皇大神伊邪那伎命
社格郷社
由緒 当時の国司、大伴家持の家令、斎木貞信を従六位に叙して 当社および郷社・長岡神社の神官に任命し、 宮島郷43ヶ村、氏神総社と唱し、崇敬の中心となったと云う。

南砺圏(砺波:3座・福光:2座・井波:1座)

神社

南砺市(砺波)池原・荊波神社


八幡宮

鎮座南砺市(砺波)高波 729番地 八幡 地図
祭神 譽田別尊垂仁天皇大君子命姉倉比売
社格村社
由緒 垂仁天皇81年の頃、阿彦という悪人がいたので、 大若子命に討伐の勅命が与えられた。 途中、越の小竹野で白姥が現れ、 その教えに従い、八鉾の幡(はた)を作り、悪人を討死させた。 そこで八鉾の幡を納め八幡宮と称え崇め奉った。 白鳳4年、天武天皇(672年〜)より除蝗(イナゴ)の祈祷を社命あり、 文武天皇(697年〜)より宸翰(しんかん)の下賜あり、 天平年間、越中国司大伴家持より幣帛(へいはく)を奉る。

荊波(うばら)神社

鎮座南砺市(砺波)池原 601番地 荊波 地図
祭神 日子刺肩別命伊弉諾尊伊弉册尊
社格村社
由緒 奈良時代に創建され延喜神名帳にも記された式内社で、 砺波地方を開拓の祖先、利波臣志留志の祖、日子刺肩別命を奉る。
関連 巻18-4138万葉の歌碑・史跡

栴谷神社

鎮座南砺市(砺波)井栗谷6585番地 神社 地図
祭神 天照皇大神譽田別尊神功皇后
社格指定村社
由緒 宝永の書上帳に所載。明治42年、神明宮と八幡宮を合祀する。
関連 巻17-3952万葉の歌碑・史跡

荊波(うばら)神社

鎮座南砺市(福光町)岩木 5024番地 神社 地図
祭神 日子刺肩別命底筒男命・中筒男命・表筒男命応神天皇建御名方命
社格指定村社
由緒 古事記に「日子刺肩別命高志之利波」の記述が有り、 当社と係わりが有ると思われる。 しかし、中古の頃に現在地へ御鎮座と云う。

宇佐八幡宮

鎮座南砺市(福光町・宮脇町) 6866番地 神社 地図
祭神 譽田別命息長帯日別命誉田別比売神
社格郷社
由緒 天平勝宝2年、大伴家持の子、持豊、福光城に在り、 石黒庄総社として宇佐八幡宮(大分県宇佐市)より御分霊を勧請し社殿を設く。

高瀬神社

鎮座南砺市(井波町)高瀬 291番地 参道 境内 拝殿 地図
祭神 大己貴命天活玉命五十猛命
社格国幣小社
由緒 鎮座は神代の昔、または景行天皇11年(81年)の御代とも伝える。 朝廷からの崇敬も厚く、天武天皇の御代(672年〜)より連綿として今日に至る。
関連高瀬神社

富山圏(1座)

鵜坂神社

富山市(婦中町)・鵜坂神社


鵜坂神社

鎮座富山市(婦中町)鵜坂212番地 鵜坂 歌碑 地図
祭神 游母陀流神(おもだるのかみ)・詞志古泥神(かしこねのかみ)
鵜坂妻比盗_(ねひめのかみ)・鵜坂姉比盗_(めひみのかみ)
社格県社
由緒 天平二十年越中国司家持は、越中の大社鵜坂神社に参拝し神通川で鵜飼を賞でたという。
関連 巻17 4023 万葉の歌碑・史跡

石川県(1座)

気多大社

羽咋市・気多大社


気多大社

鎮座石川県羽咋市寺家町 気多1 気多2 気多3 気多4 気多5 地図
祭神 大国主神事代主命
社格国幣大社
由緒 越中守大伴家持が出挙のため能登を巡行した際、本社を参詣し、「之乎路から直超え来れば羽咋の海朝なぎしたり船楫(かじ)もがも」と詠んだのが最初の記録となる。
関連 巻17-4025気多大社

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