氷見の遺跡・古墳

氷見では、遺跡・古墳の話題が多くなりましたね。


はじめに

■数年前から能越自動車道建設に伴い、遺跡・古墳の話題が多くなったので、 このページを独立させました。

■このページは、私の独断・偏見で選んでいます。(順不同です。) なお、文献も参考 にしていますが、このページを当てにしないで下さい。

出土

■セレクトボックスや 古墳時代の氷見 をクリックすると、写真・解説が見られます。 なお、本文と写真の解説文とは、異なる場合が有ります。また、 地図 をクリックすると、地図が見られます。中央の+印が現地です。 Map Fan Web 地図リンクサービスを利用しました。


柳田布尾山古墳公園・記念見学会

案内

■国指定「柳田布尾山古墳(やないだぬのおやまこふん)」は、平成15年〜17年度にかけ史跡公園として整備されていましたが、 このほど完成し、オープン記念見学会が催されました。

■見学会の初日、早速見学に出掛けましたが、現地は生憎の小雨混じりの強風でした。 それにもめげず、学芸員さんによる熱心な説明を受け、古代のロマンを感じる事が出来ました。 今季も進めば、ここは立派な緑地公園として憩いの場所となるでしょう。


柳田布尾山古墳について

案内 2号墳 盗掘孔 1号墳

■柳田布尾山古墳の概要です。 (関連:氷見の文化財
現地へは「すわ苑」を目指せば、かなり近くまで車で行けます。
(地元の人や考古学者の間では、柳田を「やないだ」と言います。)

■素人の私には後円墳と後方墳の違いは分からない。 浄土真宗の様な門派なのだろうか? お西さん(邪馬台国:円墳)と、お東さん(狗奴国:方墳)の様に。
青塚古墳史跡公園の 前方後円墳と前方後方墳より、そう思った。)

■俳優の 苅谷さんの書籍によると、 ヤマト政権はヤマトから始まり、やがて出雲・吉備、東海勢力が加わる。 それに従い、祭祀も弥生の銅鐸中心から墳墓へと時代は移るらしい。 四道将軍の伝説(記紀)による全国統一が図られた時代であり、 後方墳には東海勢力が感じられるという。

■それにしても盗掘された形跡がひどかった。 大伴家持さんも、この辺りを何度か遊覧していた筈なのに。 したたかな地元の郡司さんは、公然の秘密として?


国史跡指定記念シンポジウム

■柳田布尾山古墳が発見されてから、ちょうど3年。記念シンポジウムが有りました。

国史跡指定記念シンポジウム
ひらこう−古墳の扉と地域の扉−

第1部開こう−古墳の扉−
記念対談古墳が語る古代の北陸
大塚 初重(明治大学名誉教授)
里中満智子(漫画家・タレント)

里中先生

■大塚先生もさる事ながら、里中さんは凄い方だと思った。 「先生のような学者で無いので、私には色んな人物や出来事が想像できるの。」 と、言ったのが印象的でした。



とやまときめき歴史フォーラム

■日本海側最大級の 柳田布尾山古墳を見ました。(H11.3/28) 興味があったので、次のフォーラムを聞きに行った。

とやまときめき歴史フォーラム
「柳田布尾山古墳そのロマンと不思議」

■会場は満席となり、氷見市長からの挨拶の後、フォーラムが進められた。 可愛い「大桃さん」に見とれてしまい、不覚にも内容は殆ど忘れてしまった。 今回では、「盗掘孔の大きさが日本最大級」と言う、変なお墨付きが加えられた

1部 トーク 大桃 美代子タレント
和田 晴吾立命館大学
司 会斎藤 寿朗NHK富山放送局


中谷内遺跡現地説明会(平成16年度)

案内

■昨年に引き続き、現地説明会(参加者:約90名)に行きました。
あいにくの小雨でしたが、古墳時代の竪穴住居による集落跡(C2地区)は圧巻でした。

■今年度には、次の調査が行われたと言う。

A1地区:溝(古代)、掘立柱建物・土坑・区画溝(中世)
C1地区:溝(古代・古墳)
C2地区:溝と土坑(中世・古代)、竪穴住居・溝・土坑(古墳)
D 地区:土坑(中世)、自然流路(縄文〜近世)

■現地事務所では、平成15年に加え、平成16年度における出土品(約150点)が展示された。 また「角杯形須恵器」は県内初の出土らしく、渡来人との関わりが伺えるらしい。


中谷内遺跡現地説明会(平成15年度)

案内

■新聞で大々的に報道されていたので、現地説明会に行きました。
現在、氷見の各地では、能越自動車道建設に伴なう遺跡の発掘が、平成4年から進められているのです。

■現地では、平成15年度に調査した周辺遺跡(A2、B、C)からの出土品(縄文〜中世)が展示された。 中でも、惣領浦之前遺跡から発掘された木製楯に人気が集まった。

案内

■楯は弥生時代から古墳時代にかけ、西日本では多く出土されると言う。
しかし、県内では確認されていなかった。 この出土により、例の 倭国大乱の影響が、氷見にも及んだ事が伺えると言う。


阿尾島田A1号墳について(第4次調査)

案内

■現地説明会(第4次調査)に行きました。
前回(第1次調査)とは登坂経路が異なり短縮されたが、息が切れてしまった。

■今回は、鉄器とガラス管玉の発掘が報告された。 素人目では、鉄と言えば農具・武具、ガラスと言えば首飾り。 それにしても、シルク・ロード無しでは考えも思い付かないのである。

■同時期(古墳時代前期後半)らしいが、 柳田布尾山古墳とは至近距離である。 やがて、あっちの前方後方はすたれ、こっちの前方後円に変わって行くのか。

■それにしても、今回は参加者が多かった。 前回の2倍(約200名以上)だろうか。研究者に加え地元の方々が目立つ。 考古ファンも、氷見ではメジャーに成ったらしい。

阿尾島田A1号墳について(第1次調査)

■現地説明会(第1次調査)に行きました。
可愛い女子学生さんの案内で獣道を約20分、現地に辿りついた。

■私は素人ですが、前方部の幅が狭く感じられたので質問してみると、 小谷部市の谷内16号墳もそうらしい。

■古墳時代では、これまでの銅鐸から古墳を通じての儀式に変わった。 「どうや、凄いやろ〜。」と自慢したかった筈なのに。 こんな辺鄙な山頂では、観客動員数が少なく主催者側は赤字になってしまう、と思ったからです。

■何世紀かが過ぎ、ここは戦国時代の砦・山城として絶好の地と化してしまった。
(ここは阿尾城・三角山城・阿尾島尾山砦と稲積城の中間と言う。)


氷見民宿大学

■都合により、基調講演(無料)のみ受講した。

■第1部: 苅谷 俊介 先生
万葉集や古墳について造詣が深い方であり、私に新たな同感を与えてくれた。 質疑の時間では、私の古墳について質問に丁寧に教えて下さった。 帰り際に、著作のサイン入り「まほろばの歌が聞こえる」を割安で求めた。

苅谷先生

■第2部:東四柳 史明 先生
さすが博識、立板に水を流すよう(講談調)であり、 大河ドラマ「利家とまつ」と史実の違いを、ユーモラスに解説された。 穴水町の出身らしく、能登・越中については特に印象的でした。


氷見市の主な古墳

■氷見市内では、これまでに200基以上の古墳が確認されており、 北陸の古墳文化を語る上で、極めて重要な地域と考えられる様になりました。

■宇波(宇波川流域)

■八代(阿尾川流域)

■余川(余川川流域)

■上庄(上庄川流域)

■十三谷(万尾川・仏生寺川流域)

■南條・その他(泉川流域・その他)

■全部を見て回るとなれば、かなりのライフ・ワークになってしまいそうです。


富山県の主な古墳

■富山県内の主な古墳です。それにしても小矢部市は多いですね。



全国の前方後方墳

■全国の大型前方後方墳です。さすが奈良県ですね。

■日本海側の大型前方後方墳です。



氷見の短信

■市立博物館で「洞窟遺跡に見る北陸展」(H14.10/18〜11/10)を見た。

■立博物館で「コシの軍団」展(H14.3/1〜3/24)を見た。(H14.3/2) 古墳時代における鉄製の武器・武具が展示され、氷見のイメージが膨らんだ。

ふれあいスポーツセンターと市立博物館の両会場で、 「王者の装い展」(H12.8/11〜H12.9/12)を見た。


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